みずみずしい萌葱色の暖簾が風になびいて、道行く人を誘う斗六屋(とうろくや)は、歴史ある甘納豆専門店。
創業は、近藤スエノさんが「都名物」を掲げて祇園・南座前に店舗を構えた1926年。
現在の壬生の地では、1945年の終戦直後に2代目・近藤正俊さん(1995年「京の現代の名工」受賞)が鍋一つで営業を再開して以来、すでに70年以上の時を刻んでいます。
暖簾をくぐれば、屋号にもなっている斗六(白花豆)をはじめ、定番の小豆、うぐいす豆、金時豆、そら豆など、色とりどりの甘納豆がずらり。
それぞれの豆の美味しさとこだわりを丁寧に説明しながら、訪れる客に試食をすすめるのは、4代目の近藤健史さんです。
言葉の一つ一つから事業にかける情熱がほとばしり、今の仕事は天職だと真っ直ぐなまなざしで語る姿が印象的です。
甘納豆業界の継承と発展を担う若き旗手である近藤さんですが、以前は家業を継ぐことに全く関心を持っていなかったのだとか。
幼い頃には甘納豆の美味しさに気づいていなかった上、中学時代、同級生から「甘い納豆なんて気持ち悪い」とからかわれたことがきっかけで、家業が甘納豆屋であることさえも、長年ひた隠しにしていたのだといいます。
大学学部と大学院では微生物研究にいそしみ、卒業後には家業と関係のない一般企業への就職を考えていた近藤さんに大きな転機が訪れたのは、大学院修士課程1年生の冬でした。
社会勉強として一度ぐらい家業を手伝ってみようと思い立ち、斗六屋が毎年2月に出店している壬生寺の節分祭で、売り子として店頭に立ったのだそうです。
祭の賑わいの中で近藤さんが出会ったのは、「今年も楽しみに待っていたよ!ありがとう!」と顔をほころばせる、お客さんたちの感謝の言葉。
斗六屋の長い歴史は、こうしてお客さんとの間に温かいやりとりと信頼を積み重ねてきた歴史だった―。
そう気づいた瞬間、衝撃が心を駆け抜けて、近藤さんは決断しました。
「斗六屋がなくなったら、もったいない。やろう!」
和菓子屋での2年間の修行後、斗六屋4代目としての歩みを開始してから、今年は4年目。
代々受け継いできた職人としての知恵や感覚を大事にするのはもちろんのこと、それに加えて、緻密なデータ分析を行うなどの科学的手法を製造工程に導入したのは、大学院での研究経験をもつ近藤さんならではの試みです。
また、甘納豆専門店の廃業が相次ぐ中、「甘納豆の未来を自分が作っていくんや!」と奮い立ち、甘納豆の魅力を多くの人に再発見してもらうための挑戦を果敢に繰り広げています。
2018年にはイタリアで開催されたスローフードの世界大会に初出展、そして今秋には「a man at」ブランドを新たに立ち上げて、若い世代の嗜好にもマッチする甘納豆をベースにした新作菓子を発表することが予定されています。
豆と砂糖と水だけから作る甘納豆は、シンプルだからこそ研究しがいがあり、まだまだ伸びしろのあるお菓子だ、と意欲的に語る近藤さん。
今後の活躍から目が離せません。
今回は、そんな近藤さんに仕事観をうかがいました。
創意工夫が実を結ぶ時
―Q1 仕事をしていて、やりがいを感じるのはどんな時ですか?
近藤さん:
自分が考えて工夫したもので、喜んでもらえたり、うまく行った時ですね。
今年初めて甘納豆を3色載せる水無月をさせてもらったんですけど、けっこう評判が良くて。
普段から、何か新しいこととか工夫できることとか考えてやってみて、それでお客さんに喜んでもらったら一番うれしいです。
水無月の時期には、毎日100,000粒の小豆を選別
―Q2 仕事をしていて、つらいと感じるのはどんな時ですか?
近藤さん:
水無月の時期です。この時期は小豆の量がすごいので。
ひたすら小豆の選別をするのは、ちょっとつらいですね。小豆は特にちっちゃいですからね。
小豆は1粒1グラムぐらいなんですよ。1キロいうたら、1000粒でしょ。1日100キロずつ、ずーっとやるんで、小豆ばっかり見てます。5月のゴールデンウィーク明けあたりから6月末ぐらいまで、毎日ですね。それが一番つらいです。
ひたすら「通し(ふるいのこと)」にお豆を入れて、割れてるのをはじいたり、皮をとったりするわけですけど、肩もしんどいし、首も同じ体勢やし、目が疲れるんです。
でも、どれだけ量が多くても、クオリティは落とせないですよ。水無月の主役になるものですから。
「都名物」の名に恥じぬよう、質にこだわり抜く
―Q3 仕事をする中で大切にしているのはどんなことですか?
近藤さん:
質というのを意識しています。
せっかくうちに来てくれてるわけですし、やっぱり1回で、どれだけ「美味しい!」と思ってもらえるものを作れるかっていうのは、すごく意識してるんですよ。
常に「なんでこのやり方なんかな?」「もっと良いやり方がないかな?」と考えて、改善するように努めてます。パッケージとか、甘納豆自体含めて、今の質で満足しているわけではないですし。豆から作りたいとか、挑戦してみたいことも色々あります。満足しないように、常に良くしていくっていうのは、一番大事にしていますね。
あんまり見えない部分だったりしますけど、色々と改善しています。「斗六」とか「うぐいす」とかも、僕が帰ってきてから、豆を変えてますしね。「都名物」として恥ずかしくないものを作ろうと思ったら、それなりに良い豆を使わんと、となって。
炊く量も、今まで一釜パンパンで炊いていたんですけど、あんまり多く入れすぎると、豆の重さで下の豆がつぶれたりするんです。なるべく今からは少量にして、豆にかけるストレスをなくしていこう、と。
炊き方が変わっちゃうので、それはそれで難しいんですけど。
今までは、作った後に選別をすると考えてたんですけど、ある程度割れている豆は炊くと絶対割れますし、そもそもあかん豆は炊かないように、事前に豆をちゃんと選別しておくこととか、そういうところを心がけてます。改善ですね。
「ほんまに美味しいもの」で人と人をつなぎ、平和な世の中に貢献を
―Q4 仕事を通じて、どんな方にどんな幸せを届けたいですか?
近藤さん:
うちは、常連の方が多いんです。おじいちゃんの頃から来てたとか、おじいちゃんの頃に勤めてた人のお子さんのまたお子さんとか、家族3世代ぐらいで来てくれる方もいるんです。そういう方がまた来てくれた時にも、「美味しいな~」って言ってもらえるようにしたいですね。そういう方にとっては、味って言うのは一つの思い出だと思うので。
常連さんには、いつもの美味しいものをバレないように改善して提供しつつ、初めて来てくれた方には、うちが思う「ほんまに美味しいもの」をぜひ食べていただきたいなっていう気持ちがあるんですよね。
お菓子は平和な食べ物やな~って、すごく思うんですよ。まずは平和じゃないとお菓子は作れないですし。戦争中にお菓子を作るって、ないと思うんですね。
お菓子を手土産にすれば人間関係が出来ますし、お菓子を一緒に食べながらしゃべるのは、ほっとする時間ですよね。そういう人と人がつながる時に役に立って、平和な世の中作りに貢献できたら、お菓子屋としては一番嬉しいですね。
生き方に豊かさをもたらすのが仕事
―Q5 あなたにとって仕事とは?
近藤さん:
自分の人生そのもの、生き方そのものですね。自分のしたいことが出来る場所やなと思います。
一応経営の立場なので、商品のこととか、色んなことを決められるじゃないですか。自分で仕事をこうやって作っていけますしね。誰かに働けと言われて働いているわけでもなく、自分がしたいと思って基本的にはやっていますから。
もちろん、長く働くこともありますけど、色んな学びがあって、僕は色んなことを知るのが好きなんです。このお菓子屋を通して色んな人にも会えますし。色んな人に会えるのが大きいですかね。
仕事には色々学びがあって、経済的な面はもちろん、経験的にもすごく豊かにしてくれるものかな、と思いますね。色んなことを教えてもらえます。
健康にも良い「都名物のほんまもんの甘納豆」をぜひ食べてみて
―最後に、お店のPRの言葉をお願いします
近藤さん:
うちは「都名物のほんまもんの甘納豆」というのがコンセプトですので、その名前の通りの甘納豆をこれからも作っていきたいです。
ぜひ一回食べてほしいですね。色んなお豆の試食もできますし、自分のお気に入りの味を見つけてほしいと思います。
うちは余計なものは一切使っていないんですよ。
市販されている甘納豆の中には、漂白剤が入っているものも多いんです。うちの代表銘菓の「斗六」は白い豆ですけど、普通は漂白するんですよ、もっと白く。「うぐいす」とか「金時」なんかは着色していることもあります。うちでは、そういうのはしないです。保存料も使っていないです。
ほんまもんの甘納豆を食べたかったら、うちのを食べていただきたいですね。
全部、職人が気持ちを込めて作ってるものなんで、食べて優しい気持ちになっていただけたら一番嬉しいですね。
有限会社 斗六屋
京都市中京区壬生東大竹町5番地 ⇒地図
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