「伝統というのは、革新を繰り返して、振り返ったら創られているもの。
100年以上続いた材料、技術、手法を変えずに作るのは伝承。
伝統と伝承は違うし、100年前の技術に屈服してたらあかん。」
熱を込めてそう語る田中さんは、まさしく京表具の新たな伝統を創出する立役者です。
弘誠堂二代目表具師としての仕事を本格的に始めてから、約40年。
現在では、京都表具協同組合理事長および京表具協同組合連合会理事長も務め、京表具の世界を牽引しています。
表具師の仕事といえば、掛け軸・巻物・屏風・襖・障子・画帖など和の美術品や建具を、紙や布を糊で貼り合わせて「作る」こと、そして、それらが時を経て傷んでくれば「直す」こと。
中でも、田中さんがこれまでに最も力を注いできたのは、古美術品の修復です。
弘誠堂の初代表具師であり、国宝修復などの実績が豊富な父の武夫さんから手ほどきを受け、その後も独自に研究を積み重ねてきました。
作られてから300年、400年を優に超えるものも少なくないという古美術品は、成り立ちも、傷んだ経緯も、どれ一つとして同じものはないため、修復に型通りのセオリーは通用しにくいのだとか。
また、「綺麗さ」を取り戻すだけの単純なものでは決してないのが、古美術品の修復。
美術品としての本来の命を蘇らせつつ、同時に、永い年月を重ねてきたからこその味わいを遺していくことも大切であり、どのように修復するのかを的確に判断するためには、美に対する深い洞察やセンスも欠かせないといいます。
「これは各自がみんな自分で経験せなあかんし、教えて学べる物でもないなぁ」と語る田中さん。
圧倒的な量の経験に裏打ちされた職人の技と誇りをもって、古美術品一つ一つに向き合い、作品に宿る魂を目覚めさせてきました。
それによって、その作品に巡り合う人々が、はるか永い時を超えて共鳴し合うことを可能にしてきたのです。
田中さんは、近年では、中学時代からのニックネーム「源五郎」を冠したブランドを新たに立ち上げて、表具の海外展開にも精力的に取り組んでいます。
もともと表具は、他人の手になる書画を引き立てる、いわば裏方としての要素が強いもの。
しかし、源五郎ブランドでは、表具の技術をあえて前面に打ち出すという斬新な試みを行い、和室はもちろんのこと、現代的な空間をも鮮やかに演出する作品を次々とプロデュースしています。
和の文化が衰退し、表具を担う人材も減りつつある今、自ら先頭に立って表具の可能性を切り拓き、表具の魅力を多くの人に伝えたい、という強い願いが田中さんにはあります。
繊細さと大胆さを併せ持ち、凛と洗練された美しさが光る源五郎ブランドの作品は、国内外で多くの人々を魅了しています。
表具を再び人々の生活に息づかせようとする田中さんの革新的な取り組みは、これまで1000年続いてきたとされる表具の新たな伝統となっていくに違いありません。
今回は、そんな田中さんに仕事観をうかがってきました。
お客さんの喜ぶ顔が一番
―Q1 仕事をしていて、やりがいを感じるのはどんな時ですか?
田中さん:
お客さんが喜んでくれたら一番うれしいし、ほんまにお客さんが喜んだら正解やろうな。
一番おもしろいのは、期待以上の物を出して「うわぁ!良くなったわぁ!」って言われる時。結局、お客さんが喜ぶ顔が一番楽しいな。
― 古美術品の修復をされている時はいかがですか?
田中さん:
ふと思うのは、「これきっと、みんな、博物館でガラス越しにしか観る事が出来ないやろうなぁ」と。普通は触れへんよね?何百年も続いてきた歴史を直に手で触れるんやから、それは役得やな(笑)。
表具屋にとって、今は厳しい時代
―Q2 仕事をしていて、つらいと感じるのはどんな時ですか?
田中さん:
やっぱり儲からへんことやなぁ。これからは厳しいからなぁ。子供が継いでくれているし、少しの道を作ってやらないといけないしなぁ。
今は和の文化がなくなってきて、百貨店でも、もう美術部って無いやろ?昔みたいに掛け軸売っても売れへんし、必要とされへん仕事やなぁ、と思うわ。
ウチの組合に入っている表具屋は今年70軒。来年は60軒台になりますわ。食べていけへんからなぁ。
そやけど、つらいとは思わへんな。何とかせなあかんなっちゅうのはあっても。
裏方でありつつ、表具屋が憧れの職種になるように
―Q3 仕事をする中で大切にしているのはどんなことですか?
田中さん:
やっぱりその作品をどうしたら生かせるかやなぁ。
若い頃には行き過ぎた時もあんのやで。「これもええやろう?」「こういうのもええやろう?」って、だんだんエスカレートするんや。だんだん表具が勝ってしまうような時があったんや!絵よりも表具の方が目立ってしまう。表具屋は上手に脇役でないとな。
結局、作品を生かすも殺すも表具屋さん次第やな。要は、映画監督みたいなもんちゃう?役者を生かすも殺すも監督次第で、作品を生かすも殺すも表具屋さん次第やなぁ。
今は、ちょっと売れた映画監督やらが前へ出るようになった時代。これからは、そういう感じにもっと表具屋さんがなっていったら良いやろな。「これはどこどこの表具屋さんやで」っていうふうにね。もっともっと前に出ないとあかんね!
黒澤明監督とか、役者よりも監督が出てるやんか。表具屋さんもそんな感じになったらええし、そんなふうになりたいな。
若い表具師達には「表具屋が憧れの職種になるようにせんとあかん!」と言ってます。
裏方から表方にどんどん出るような職種になって、この仕事で食べていけたら技術は継承される。「食べていけなくても楽しい!」とか、ステータスとなる仕事になれば、アルバイトしながらでも表具屋さんする人がいるのとちゃうかな?そうなれば表具の技術が残っていくわ、きっと!
直しにきてくれた人に、喜びを感じてもらえたら
―Q4 仕事を通じて、どんな方にどんな幸せを届けたいですか?
田中さん:
直しにきてくれた方に、表具を直して喜びを感じてもらえたら、と思う。
最近、表具修理では、その作品を楽しんでおられた方のお孫さんが持ってこられるのが多いです。おじいちゃん、おばあちゃんのものを直したいっていう人が多いなぁ。息子さん、娘さんは「そんなに直さんでええわぁ」っていう人が多いなぁ。「それ直すんやったら車買うて!」とか「洋服買うて!」とか、そういう人もいます。
相談に来られていつも言うのは、「お墓参りに行くよりも『これ、おじいちゃん大切にしてきたもんなんや!』って直してあげて、いつも鑑賞してあげる方が供養になりますよ」とね。
あったでしょ?「お墓の前で泣かないでください」という歌が。お墓も大事やろけど、それよりも毎日鑑賞して思い出してあげることが一番ええんやろな、と思うし、生活の身近にこういうもんがあれば「これ、おじいちゃんおばあちゃんの掛け軸やで」っていうのが一番の供養かな?と思います。
新しいモノ作る時でも「おおっ!」て喜んでもらえたら、それが幸せやなぁ。
好きやから夢中なんや!
―Q5 あなたにとって仕事とは?
田中さん:
仕事とは食べて行く手段とちがうかなぁ。ただ、仕事を人に楽しんでもらうためにと持っていってるだけのこと。お金儲けだけにやってるのじゃなくて、儲けは少なくても、仕事をして喜んでもろうたら嬉しいし、「うわぁ!良うなったわぁ!」って言うてくれれば、最高。
そうや、結局、みんなに喜んでもらえたら一番楽しいやんなぁ。そういうこっちゃ(笑)。それで自分が楽しい!っちゅう感じやなぁ。
お金はあると嬉しいなぁ。嬉しいけど、やっぱりそれだけじゃないしなぁ。「本来無一物」って禅語にもあるけど、「本来裸で生まれてきてるんやから!」と自分にも言い聞かせてるとこはあるよ、物欲はあってもね。
好きな言葉は「好きこそモノの上手なれ」やな。嫌いな言葉は「根性」。「もっと根性出せ!」と言う奴がいますが、その事が好きやったら根性とか、根性出してるとか、思ってないと思うわ。好きやから夢中なんや!それが一番の上達方法やと思う、何かにつけてね。
仕事でも何でも、毎日ニコニコして生活できるような環境にもっていくのが良いんやで!その方が楽しいでしょ?
品物を直すことで、直そうとした人の心も修復する
―最後に、お仕事のPRの言葉をお願いします
田中さん:
「お客様に笑顔を提供します」いう感じかな?喜んでもらえるよ!そやけど、「笑顔を提供」なんか言うたって、お客さんピンと来ひんやろうなぁ。
「その家の歴史の継承のお手伝い」かなぁ?けど、そんなんエエ格好やなぁ(笑)。
笑い話でよく言ってるのは「心を修復したげるよ」ってね。直そうっていうのは、やっぱりずっと、その方が「直したい」って思っていたわけです。品物を直すことで、直そうとした人の心も修復されるわけです。
たとえば、親不孝ばっかりしてた息子さんが、直すことで、感謝の穴埋めをしたいっていうのもあるやろうし。直したいと思うのは、やっぱり感謝の気持ちもあるやろうし、罪ほろぼしの気持ちもあるやろうし。
修理した作品を見るたんびに思い出すでしょうし、心の修復のお手伝いをする感じやな。
表装処 株式会社 弘誠堂
京都市中京区聚楽廻り中町27-12 ⇒地図
【アクセス】JR「円町駅」「二条駅」から徒歩10分
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【電話】075-811-3394
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【HP(弘誠堂)】http://kyo-hyougu.com/
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