創業は1922年。
まだアスファルトで舗装されていない土の道を牛馬が闊歩していた時代から、96年にわたってパンを作り続け、愛されてきた三条御前東南角の名店。
それが天狗堂 海野製パン所です。
創業当時の姿そのままに、今も同じ場所でショーケースのパンの対面販売が行われています。
3代目店主の海野滋さんと妻の謹子さんが真心を込めて作るパンは、温もりがすぅっと心にしみわたるような優しい味。
パンの美味しさはもちろんのこと、海野さん夫妻の笑顔に会いたくて、足しげく通うファンも多いはず。
大好きな店が近くにある。
ただそれだけで、どれほど日常が彩りに満たされ、その地域に暮らす喜びが深まることでしょう。
天狗堂はまさしく、そんなことを教えてくれる店の一つです。
謹子さんの祖父が天狗堂を創業した頃には、あんぱん、ジャムぱん、クリームぱん、コッペぱん、味つけぱんの5種類のみが販売されていたのだとか。
大家族が多かった当時には、同じパンを10個単位でまとめて買っていくお客さんの姿もしばしば見られたそうです。
現在では、毎日なんと60種類ものパンが店頭に並んでいます。
その中にはもちろん、創業時から続く5種類のパンも。
見た目は昔通りの懐かしい形ですが、原料配合の改良を繰り返し、96年もの間、進化し続けてきた味がそこにあります。
もともと朱雀高校のクラスメートだった海野さん夫妻が天狗堂を継いだのは、37年ほど前のこと。
若き日には、親から仕事を習うのでは甘えが出てしまうというので、滋さんが東京のパン学校で学び、横浜のパン屋で夫婦そろって住み込みの修行をした時期もあったそうです。
地域に根づいた京都の老舗パン屋として37年間の積み重ねを経た今、お二人がどんなふうに仕事に取り組んでおられるのか、お話をうかがってきました。
お客さんの喜びが一番。親子5代にもわたるファンも。
―Q1 仕事をしていて、やりがいを感じるのはどんな時ですか?
滋さん:
それはやっぱり、うちはこういう対面販売なんで、お客さんの反応ですね。「美味しかったわー」とか、「ここのパン食べたら他のパンは食べられへんわー」とか。うちのぶどう食パン、お客さんすごい喜んでくれてはるんですけど、それが好きなお客さん、来はるなり、「世界一美味しいぶどう食パンください!」言うて(笑)。
―ご近所のかたが多いんですか?
滋さん:
はい、7割方は固定の地域のお客さんですね。固定のお客さんでも、昔このへん住んでて、引っ越さはってからも、遠いところからも、こっちのほう来たときは必ず買うてくれはりますね。
古い店やから、親子5代またいで来てくれてはるお客さんがいはるんです。どういうんです?やしゃご、なんとか、なんとか・・・(笑)。まあ5代ですわ。その5代目が多分もう二十超えてるから、次は6代目になるかもしれませんね。
―こちらのお店ももうすぐ100年ですね。
滋さん:
僕らの体がもつかどうか…(笑)
謹子さん:
やりがいを感じるのは、そうですね、やはりお客さんが喜んでくれはる時。「美味しかったー」って喜んでもらうのが一番、良かったなーと思いますね。
お客さんがどうやったら喜んでくれはるやろとか、どうやったら「美味しい」言うてくれはるやろとか、出来ることの限界っていうのはこんな2人でやってるからあるんですけども、出来る範囲のことはします。
「サンドイッチ朝6時半までに間に合わしてもらえる?」って言わはったら、朝6時半までに間に合わしますよっていう感じで、私らができる範囲のことはさしてもらって、「ああ嬉しいわー、助かったわー」って言うてくれはるその気持ちが、そのお言葉が嬉しいので、やっぱりそういうことでやってて良かったなっていうかね。お客さんが喜んでくれはることが私らも嬉しい。そういうことがやりがいかな。
そう思えるには、やっぱり長いことかかりました。それを喜びって思えるのがね。ほんまやったら当然なんやけど、そこに至るまでには、やっぱり体しんどいとか、遊びに行きたいとか、それから、しんどい割には収益少ないしっていう、そういう風なことも今まで沢山ありますでしょ?若い時は欲もあるし夢もあるし。せやけど、そういうのを全部乗り越えてきたら、今はそういうふうに思えるようになりました。
―天狗堂さんの一ファンとしましては、パンの端までクリームが入っていることにいつも感動しています。
謹子さん:
やっぱりお客さんは「わあ、沢山入ってる!端まで入ってる!」そういうなの、嬉しいですよね。お客さんの立場になって何が嬉しいかっていうことを考えたら答えが出てくると思うんですよ。
せやけども、とにかくマニュアル通りとか、会社によったら、ある程度、売上等色んな問題に対する計算しなあかんっていうとこって、沢山あると思うんですけど、私らはそういうことはもう完全に度外視している立場なんで、お父さんが「ようけ入れといてあげて」って言えば、一杯はち切れるほど入れて、ときどきはち切れて、チョコレートが横からはみ出てしまって(笑)。
答えはお客さんに教えてもらう、いうところありますね。これは対面やから出来ることで、買ってくれはるお客さんの顔が見えへんお仕事ってありますよね。そういう時は、その答えはなかなか出て来ひんと思うけど、うちは即刻出て来るんで、「お客さんがちょっとまずい顔しはったな、なんでやろ?」って思うと、「こうこうこういう理由があったんやろな」って。「あの時ああしといてあげたら良かった、しもうたなー」とか。
答えはもう即刻出てくるので、それはありがたい。こういう対面売りのいいとこで。でも、反対に、その時に間違うた対応したら、もう二度と来てくれやらへん。
二人三脚のマラソン
―Q2 仕事をしていて、つらいと感じるのはどんな時ですか?
謹子さん:
身体の調子が悪い時。それはもうつらいですね。たとえば主人が具合が悪くなっても私が具合悪くなっても、全然いつもと同じパターンで動かへんわけですよ。そやから、どっちかが体調崩すのが一番つらいな?
滋さん:
うん。
謹子さん:
体調管理は気をつけてるんですけど、やっぱり年齢とともに色んなトラブルが出てきますでしょ?そうした時が一番つらいですね。私ら、二人三脚でマラソンしてるみたいな感じなんで、どっちかが走れへんようになったら引きずって走らなあかん、独走じゃないんで、具合悪くても店開けてる限りは一緒に走らなあかんので、やっぱりそれが一番つらいですね。二人で、二人三脚で、どこまで細く長く行けるかなっていう。
前みたいに突っ走るみたいな仕事の仕方はしないで、少しずつ今日できることを今日ちゃんとするっていうパターンに変わってるので、売り切れになったらごめんなさいっていう形になっちゃうんですけど、それでもコツコツやっています。
何より大切なのはお客さんのこと。そして毎日同じパンが出来ること。
―Q3 仕事をする中で大切にしているのはどんなことですか?
滋さん:
お客さんのことやね。
謹子さん:
主人や私やったら、毎日同じパンが出来ること。
今日は上手にできた、今日は失敗した、では済まない。プロっていうのはどんなお仕事でもそうだけど。今日上手にできて「できました!」っていうのはアマチュアの方でもできるんやけど、毎日同じパンができることが大切です。
それでもパンって生き物なので、同じように計量して、同じ時間、同じようにしてても、季節が違ったり、湿気が違ったり、色んな条件で違ってくるんです。その誤差をできるだけ少なくすること。それが一番気遣ってることと違うかなあ。
人生の大切な一コマに喜びをもたらすパン
―Q4 仕事を通じて、どんな方にどんな幸せを届けたいですか?
滋さん:
食卓にパンが置かれて、子どもさんとかお父さんお母さんおばあちゃんがいはって、美味しい美味しい言うて食べはる、そういうなのをイメージして作っています。
謹子さん:
それがありがたいことに、赤ちゃんが生まれて初めて食べるパンが天狗堂さんのパンなんやっていわはるお母さん、沢山いはるんです。
一番最後に、亡くなる前に天狗堂さんのパンが食べたいって言って食べて、亡くなりましたって言ってくださる方も沢山いらっしゃいます。長いこと寄せてもろうてへんのやけど、最後おばあちゃんがお宅のクリームパンが食べたい言うので買いに来ましたとか言ってくださって、召し上がってくださる。
長いことやってると、そういう方がけっこういらしてくださって、ありがたいことに、そういうふうに人生の一コマの中に入ってる。そういうのがありがたいなって。うちらだけじゃなくて、先代先々代がやってきたからこそ、そういう方がいらっしゃるっていうのはあるんですけど、そういう人たちを裏切らんようにっていうのはありますねえ。
お盆やらもね、普通やったらお饅頭とか、こんなん好きやった言うてお供えされるんやけど、うちのパンもお供えするって買いにきてくれはる方結構いはるので、お盆もね、16日ぐらいはお休みするんですけど、最初のへんの13、14、15日あたりやってると、そういう方いらしてくれはるんですよ。
4時半から21時まで。仕事は人生そのもの。
―Q5あなたにとって仕事とは?
謹子さん:
私ら夫婦の生活そのもの。夫婦そのものやし。生活そのものやし。私ら24時間のうち何時間働いてるやろね。10何時間、16時間ぐらい働いてるもんね。まあ2階の仕事しながらとかご飯の用意しながらとか。
滋さん:
朝4時半から今までずーっと立ちっぱなし。仮眠はちょっととるんやけども、お昼ごはんの時15分ぐらい座るだけで、全部仕事が終わるの夜9時前ぐらいなんです。
謹子さん:
後片付けするとね。8時に閉めてもね。
ほとんど人生そのものやね。人生がもうパン屋やね。日曜日の半日とか、それはもう楽しいことできるだけしようと。
滋さん:
日曜日も半日仕事せんならんから、2時ごろから夜までの間だけが割と休める時間です。1日丸々休めるのは1年で10日ぐらい。
謹子さん:
だから、人生そのもの。
危険なのは、2人が同じところにいて、同じお客さん見て、同じもの作って、同じ仕事して、同じもの食べて、ラジオかけても同じもの聴いて、テレビ見てても同じテレビやし、人から聞くのも同じことなんで、これものすごい危険で、一つの価値観で固まっちゃうので、できるだけお休みの時は別のお友達と別の世界で別のことするんです。
滋さん:
僕ね、仕事なかったら、定年退職かなんかで仕事なくなってしまったら、絶対ぼけますね。か、病気になるか。仕事はしてんと。できひんようになるまでしてんとあかんような気しますわ、特に僕は。
真心のパンを作り続ける
―最後に、お店のPRの言葉をお願いします
滋さん:
心こめてパン作ることやろね。それだけですわ。
謹子さん:
ほんと、そうやんな。真心こめてお客さんが喜んでくれはるパンをね、作りたいと思って。
滋さん:
インスタ映えするようなパンは全く一個もないでしょ(笑)?そんなんは考えてへんから、とにかく食べてもろうて、ああ美味しいな~って感じてくれはったらいいですね。
天狗堂 海野製パン所
京都市中京区三条御前東南角⇒地図
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