京の起業家・経営者

【株式会社 庵町家ステイ】代表取締役社長 三浦充博さん

現在、町家を活用した宿泊事業が隆盛を迎えている京都。

京都でこの事業に先鞭をつけたのが、株式会社 庵町家ステイだ。前身の会社からの歴史を含めると、実に15年にわたる実績があり、現在では14軒の町家を宿泊施設として運営している。

今回取材させていただいたのは、その若き社長、三浦充博さん。2015年7月から現職にある。2017年には同社のビジネスモデルが高い評価を受け、グッドデザイン賞(主催:公益財団法人日本デザイン振興会)を受賞した。京都の町家宿泊業界を牽引する気鋭の経営者だ。

自分の想いを形にできるベンチャー企業へ

三浦さんがこの世界に飛び込んだのは、大学院の指導教授の一言がきっかけだった。

「面白そうなビジネスをやってる会社がある。高い給料をもらえるかどうかはベンチャー企業なので分からないが、そこの会社を大きくするのに貢献できるのであれば」

こうして紹介されたのが、先代の社長だった。

その頃、大学院卒業を目前に控え、大企業に就職するか、それともベンチャー企業に就職するか、2つの選択肢を持っていた三浦さん。実は大学学部卒業後、しばらく大企業に勤めていた時期がある。その時の経験から、大企業に入れば安定した生活が手に入るものの、反面、「入社した時点で自分の20年後30年後の世界がずらっと。これは楽しいのかな、どうなのかな」という疑問が胸の内にあった。

大学院ではMBAを取得。授業の一環として、ホンダやパナソニック、任天堂、といった名だたる会社の生い立ちを学んだり、現役の会社経営者の生の声を聴いたりするうちに、自ら事業を動かす生き方へ少しずつ興味を惹かれ始めてもいた。

「新しいことだったり、自分の想いを形にするというふうなのは、ベンチャー企業の方が何かとやりよい」だろうと考えて、前身の会社に入社したのが2011年春のことだ。

以前、大企業で営業マンとして活躍していた三浦さんにとって、町家の宿泊事業は何かもが新鮮な経験だった。経理を担当したり、直接接客に携わったり、町家の清掃を行ったり、事業の全体像を見据えながら多種多様な仕事を一つ一つ積み上げていくのがとても面白かったと振り返る。

2013年には現在の会社を設立、転籍、程なくして取締役に昇進、そして2015年、現在の代表取締役社長のポジションについた。

守りつがれる町家それぞれのストーリー

庵町家ステイのビジネスモデルを端的に言うならば、空き家になっている町家を一定期間借り上げ、それを一棟まるごと宿泊施設として提供するというもの。町家によっては最大9名まで同時に宿泊することができる。必要に応じたリノベーションも行う。

それぞれの町家には大家さんがおり、大家さん自身にとって思い出深い家屋であることが少なくない。もともと自分が生まれ育った家であったり、幼い日に祖父と共に祇園祭や正月を過ごした家であったり、かけがえのない懐かしい記憶が色濃く残る家でありながら、今ではマンションに移住するなどして住み手のいなくなった町家がほとんどだ。

京都で空き家になった町家を再活用しようとする様々なケースの中には、全く用途を変えてリノベーションするものある。たとえば、飲食店として町家を活用する場合などがそうだ。こうした場合、畳をなくして土足で入ることができるようにするなど大規模な改修がなされることも多く、結果、その後は住居に戻すことが困難になり、居抜きの「店舗物件」として使い回されるしか選択肢がなくなってしまう。

京都の美しい街並みを保全するという観点からは、そのような形で建物が利用され、残されることも喜ばしいのだが、町家そのものの保存という点では課題が多い。何より、思い出深い家屋が土足で踏み込まれることに、抵抗を覚える大家さんがいても不思議ではない。

庵町家ステイが借家契約をした場合は、町家をもともとの形のまま保存することを大切にする。町家の中には、過去に低予算でリノベーションした結果、本来の美観を損なってしまったものもあるが、そういった場合は、建築された当時の姿を取り戻すようにする。

ただし、どうしても現代人の生活には馴染みにくく、改めた方が良いと判断された部分に限っては、最新のテクノロジーを導入していく。こうすることで、町家は快適な住空間としての命を再び取り戻し、この先30年、50年と愛され続けることが可能になる。契約期間終了後には再び大家さんの手に戻り、居住することもできる。

宿泊客には、その町家が愛されつつ受け継がれてきた歴史をスタッフが紹介するのだという。庵町家ステイの事業とはすなわち、住空間としての町家を、大家さんの思い出ごと一緒に保存していくプロジェクトなのだ。

町家それぞれのストーリーに思いを巡らせる時間が好きだ、と三浦さんは穏やかに語る。町家に一人たたずんで、風が木の葉を揺らす音にじっと耳を傾けていると、ここで同じ音を聴き、同じ景色を愛した人びとの暮らしの軌跡が脳裏に浮かぶ。

かつて住人が愛してやまなかったこの空間に、今や世界各国からゲストが訪れ、感嘆の声を上げている。お客様はここでどんな風に幸せな時間を過ごされているのだろうか。宿泊客たちによって新たに綴られていく、町家のストーリーの続編にも三浦さんは思いを馳せる。

大人が満足できる上質な京都旅を

三浦さんが何よりも大事にしているのは「お客様のハッピー」だ。

京都を旅する観光客が期待する京都とは何なのか、さらには、ホテルでも旅館でもなく、町家への宿泊を希望する観光客が求めるものは果たして何なのか。三浦さんの頭の中には常にこの問いがあり、期待を上回るサービスを提供しようと努めている。

古都としての長い歴史の中で、粋と洗練を極めてきた京都。一日、京都の街を歩き回って、その美しさに感銘を受けた観光客のために、夜「寝る瞬間までその気持ちが持続」できるよう、できるかぎり上質な空間を提供したい。その思いから、庵町家ステイの町家では、小さな電化製品から調度品、寝具に至るまで、クオリティにこだわり抜く姿勢を徹底している。

また、町家でしか体験できない本物の京都を、という強い信念が三浦さんにはある。

広い窓から鴨川の穏やかな流れを一望することのできる町家。朝には、川面が反射する陽光がきらきらと部屋の天井に映し出されるという。

町家はもともと「外」から訪れる観光客をもてなすために作られたものではなく、京都に暮らしてきた人が自らの生活のために知恵や美意識を結晶させてきたもの。京都の人が何を美しいと感じ、どんな喜びを見出しながら日々の暮らしを営んできたか。五感を通じてそれを「内側」から追体験できるのが、町家なのだ。

だからこそ、観光客に提供する町家のしつらえに嘘があってはならない。人為的に創られたフェイクの「伝統」や「京都らしさ」「日本らしさ」ではなく、長い時間をかけて人から人へと受け継がれ、今なお脈動している本物の京都文化を伝えることに三浦さんは力を注いでいる。

上質であること。本物であること。

そのこだわりが、町家空間にさらなる厚みと奥行きをもたらし、宿泊客は、期待以上の経験ができたと口々に言う。宿泊日数を急きょ追加する人も後を絶たないそうだ。

文化事業としての新たなる挑戦

民泊事業がすでに軌道に乗り、基盤が整った今、「町家というリソースを活用して何か新しいことをさらにできないか」というのが、三浦さんにとって新たな挑戦課題になっている。

これまでにも、町家での滞在をいっそう魅力的にするための企画や、町家に対する人々の関心を高めるための企画を積極的に試みてきた。

たとえば過去には、京都で活躍している能楽師や狂言師から直々に能・狂言を学ぶことのできるプランを宿泊客に提供してきた。庵町家ステイのチェックインオフィスは、上階に能や狂言の稽古を行うための舞台があり、その好条件を利用して企画された。今では宿泊客向けの教室は行われていないものの、チェックインの際、稽古中の能楽師・狂言師の朗々たる謡を聞くことができる時もある。伝統芸能に関心のある人にはたまらない贅沢な空間だ。

また、町家との接点の少ない若者世代が町家を訪れる機会を創ろうとして企画されたイベントもある。毎月1度、20~30代の若者を対象にして開く街コンには、毎回40人前後の参加者があるという。若者たちが、自然な形で町家に親しみ、関心を持つきっかけになっている。

さらに現在、三浦さんが意欲を燃やしていることの一つは、若いアーティストの支援事業だ。京都にゆかりのある実力あるアーティストを見出し、彼(女)らの作品を町家空間の各所に配置する。そうすれば、優れた作品の力で町家に彩りが加わるのに加えて、宿泊客の中から、作品を気に入り購入を希望する人が現れるかもしれない。今はまだ名の知られていない若い才能がここから花開いていけば、と語る三浦さんの言葉はとても温かく、希望に満ちている。

三浦さんが大切に守り伝えようとしている町家が、今後、京都の新たな文化の発信地として国内外に存在感を示す日が待ち遠しい。

株式会社 庵町家ステイ
 京都市下京区富小路通高辻上ル筋屋町144-6⇒地図
【アクセス】京都市営地下鉄「四条駅」から徒歩約10分。
      阪急「河原町駅」「烏丸駅」から徒歩約15分。
【電話】075-352-0211
【Eメール】info@kyoto-machiya.com
【営業時間】10:00~18:00
【HP】https://kyoto-machiya.com/
【Facebook】https://www.facebook.com/Iori.kyotomachiya/

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