100人の仕事観

【辻が花作家】森健持さん

かつて室町時代から安土桃山時代にかけて隆盛し、名だたる戦国武将やその妻たちに愛好されながらも、江戸の文化が熟する頃、急速に姿を消していった「辻が花」。

森健持さんは、「幻の染め」とも呼ばれる「辻が花」の美しさと心とを、今に伝える仕事をしています。

「辻が花」を現代に復活させた小倉建亮さんに師事し、11年半の修行ののち、32歳で独立。

以後、30余年にわたって、個展や伝統工芸展への出品を数多く行うなど、精力的な創作活動に取り組み続けてきました。

(写真提供:森健持さん)

 
洛陽工業高校時代には優秀なサッカー選手として鳴らし、京都代表として国体に出場するほどの活躍ぶりだった森さん。

高校を卒業すると、大阪体育大学に進学して、ゆくゆくは日本サッカーリーグに入ることを目指していたのだそうです。

しかし大学3年生の時、大きな怪我を経験し、サッカー選手としての道を断念することに。

「今までやったことがないものを、やってみたい」「どうせなら180度違うことを」と考え始めた矢先に出会ったのが、後に師となる小倉建亮さんの「辻が花」でした。

「辻が花」の大らかさと力強さ、繊細さ、さらには、大胆な素描き(墨を使って生地に描絵すること) で魅了する小倉さんの作風に触れたとき、森さんは「あ、これ、やってみたいな」と直感。

自らも「辻が花」の作家として道を歩むことを決断し、大学卒業を待たずして、小倉さんの門を叩いたのでした。

「大好きやったです。やっぱり、なんちゅうても絵が上手やったねぇ。」

人生を変えた師・小倉さんのことを、森さんはしみじみと語ります。

(写真提供:森健持さん)

 
森さんが惚れ込んだ「辻が花」とは、まず、絞り染めを基調とするのが大きな特徴です。

下絵に沿って生地を糸で縫い絞め、四季の花々など、モチーフの形や柄を、熱い染料に浸け込むことによって染め出していくのです。

手で直接「描く」のではなく「浸けて染める」性質上、狙いどおりに複雑な文様を表現するには高度な技術が求められ、特に、尖った形の文様は難易度が高いのだとか。

また、一度にたった一つの色しか染めることができないため、複数の色を染める場合には、「絞って、染めて、糸をほどく」という作業を、色の数だけ繰り返さなければなりません。

「辻が花」の多くの作品では、さらに、絞り染めをした生地の上に墨で描絵する「カチン描き」という工程をたどります。

絞り染めならではの大らかで素朴な風合いと、「カチン(=墨)」によって細密に描かれる線の、品格漂う凛とした表情。

異なるニュアンスを持つ2つの要素が、互いに融け合い、調和を奏でながら、奥行きある世界観を作り上げているのです。

「辻が花」の豊かな詩情は、出会う人の心をとらえて離しません。

森さんはこれまでに、花や草木といった伝統的な文様に加えて、楽器や動物など現代的モチーフを採り入れたり、クリムトやマティス、シャガールら、洋画家たちからインスパイアされた作品群を発表したりするなど、「辻が花」による新たな表現の可能性を拓いてきました。

「辻が花」作家としての仕事の傍らでは、日下部流 華道家 、サッカー指導者(京都府サッカー協会 元理事・元4種委員長、京都サッカースポーツ少年団連盟 元連盟長) としての顔も持ち、週末には音楽活動を、と多彩な方面で活躍されています。

今回は、そんな森さんに、仕事の「とっておき話」をうかがってきました。

展示会 で「カチン描き」を実演中の様子(写真提供:森健持さん)

絞り染めならではの、一発勝負的な面白さ

―Q 仕事をしていて、やりがいを感じるのはどんな時ですか?

森さん
 思うてたよりも良いものができて、それを褒めていただくっていうのが嬉しいね。「あなたの着物を着て、他の人に『素晴らしいわね』って褒めていただいたわよ!」っていうのを聞くと、やっぱり嬉しいね。
 喜んでくれはる顔を見るっていうのは、こっちも嬉しいしね。そこが一番、やりがいとしてあるんちゃうかな。

森さんは、2020年の東京オリンピックに向けて、世界206カ国をそれぞれイメージした着物を制作する「イマジンワンワールド」(http://piow.jp/)のプロジェクトに参加されています。森さんの担当は、タジキスタン。この図案には、タジキスタンを象徴する花や壺や建築物などがモチーフとして描かれています。

 
―Q 制作中には、どんなお気持ちで取り組まれているのですか?

森さん
 作っている時は、どうやろね?
 う~ん、難しい。作ってる時っていうのは、まだ形になってないし。
 まあ、ワクワク感はもちろんあったりするんやけど、予想に反して良くなったり、予想外に悪くなったりっていうのがあるし。
 悪いもんは作ろうと思わへんねんけどね、中にはやっぱり、自分の思いとは違うようなものが出来上がる時があるんで。

―Q 絞り染めならではの難しさや面白さがあるのでしょうか?

森さん
 絞り染めは、ちょっと予想がつかへん時があるんですね。
 簡単に言うたら、熱湯とまでは言わへんけど、熱い染料に浸けるんです。
 温度の関係とか、染料の濃さとか、絞りの具合とかで、染め上がりの雰囲気が変わってきたりなんかして。
 同じ染料に同じタイミングでドボンと浸けても、生地によっては発色が違って、違う色になったりする場合があるんです。
 絞りの場合は、ちょっと一発勝負的な部分があるね。染めも一発勝負やし、カチンを描くのも一発勝負。なかなか思い通りには行かへんこともあります。

図案を元に、「青花」で生地に下絵を描く工程。「青花」は、後の工程で水によって洗い流すことができます。「青花」とは、本来はツユクサの花の汁のことでしたが、現在ではデンプンとヨウ素から化学的に合成した「化学青花」が使用されることが多いそうです。(写真提供:森健持さん)

「自分がやりたいもの」と「やりたくなくても売れるもの」の狭間で

―Q 仕事をしていて、つらいと感じるのはどんな時ですか?

森さん
 やっぱり地味でしょ?長いこと座ってんならんでしょ?
 もう慣れてしもうたし、何ともないのやけど、根気がいる仕事やし、ハンコ押したように出来上がらへんので、そこはもう辛抱せんとね。
 辛抱というか、忍耐というか。

―Q 染色作家としての仕事を、事業として成立させる上で苦心されることはありましたか?

森さん
 そうやね。自分の力ではどうにも出来へんような時もあったしね。なんぼ良いもん作っても、売れないと、なかなか生活していけへん
 やっぱり、葛藤があるんですよ。「自分がやりたいもの」と、「やりたくなくても売れるもの」の間で
「自分が作りたいもの」は公募展に出す。それはそれで割り切ってしもうて。
 で、ビジネスとしては、「売れる作品を作る」って割り切らんと、上手いこと行かへんところもあります。そこは出来るだけ相手に譲って、向こうの気持ちに沿えるものを作っています。

下絵に沿って生地を糸で縫う「糸入れ」の工程(左写真)。最終的に右写真のような美しい作品に仕上がりました。(写真提供:森健持さん)

自分の直感と、先人から学んだ基本を大切に

―Q 仕事をする中で大切にしているのはどんなことですか?

森さん
 やっぱり「どうしても、ここは譲れへん」というところがあるんですよ。「ここまでは譲っても、ここは譲れへん。僕のやりたいようにやらしてくれ」っていうところかなぁ。
 具体的に言うと、たとえば、染めてる途中に、「これは間違いなくええ色や」と感じる時があるんですよ。注文の色にはならへんのやけど、そういう時は、ええ色になったところで止めてしまうんやね。で、向こうに「この色で行きましょう」と言う。
 大体は注文通りやるのやけど、たまに、というか稀に、1000に1ぐらい、あるんですよ。「この色は二度と染められへんで!」っていう時は、そこで止めて、その色にしてしまうことがあるね。「譲れへん」というよりも、「良かれ」と思うて、やる。
 大切にしているのは、直感っていうか、そういうところかな。
「あ!この色!」と、直感で思った自分に正直にやっていこうという感じやね。

イチョウの葉と雪がモチーフの帯。イチョウの葉は、3枚それぞれが濃淡の異なる色に染め分けられています。一つ一つの色に、森さんの徹底したこだわりを感じることができます。

 
―Q 「辻が花」では、植物をモチーフにされることが多いとのことですが、植物を描く時に大切にされていることはありますか。

森さん
 基本からは、ズレんようにやってます。「決めんならんところは決める」と意識してんのやろね。
 丁稚してた時に、「スケッチしたり、昔の作品を模写するというのも勉強になるし、そういうことをやりなさい」っていうのは、小倉先生からよく言われたね。基本的なことが身につくっていうことを、先生は言いたかったと思う。
 よく模写したのは室町時代のものとか、今も残ってるやつ。美術館に、割とよう行ったね。
 図案にする時は、花を実際のスケッチの通りに描くのとは違うて…。どう言うたら、ええんやろ?
 軽やかにリズミカルに、柄として成立させるためには、ちょっと工夫が要るんです。実物通りとは違う線の描き方とか、花や葉っぱの間隔とか、面積対比とか。
 模写すると分かり出してくるんですよ。それはやっぱり基本なんやろな、と思って。
 昔の色んな絵描きさんでも、やっぱりそういうこと考えてやってはるな、というのは、その時に分かったね。えらいもんですよ。
 そういう基本を、大切にしています。
 あとは、そこに自分なりの軽やかさとかが表現できたらもっとええとは思うのやけどね。

日下部流 華道家としての森さんの作品
(写真提供:森健持さん)

気持ちが豊かになるのなら、羽織ってくれるだけでも

―Q 仕事を通じて、どんな方にどんな幸せを届けたいですか?

森さん
 どんな方に、というのは特にないね。
 僕、展示会なんかで言うんやけど、「別に買わんでいいから、一回、羽織ってみたら?」って。「辻が花が好きなんやったら、全然買う必要ないし、脱ぎ捨てて帰ってくれはったらいいし、一回羽織って写真とりましょ?」って。
 それで喜んでくれはったら、それでええと思ってね。それで気持ちが少しでも豊かにならはるんやったら、羽織ってくれはっただけでいいかなって。
 もし、「お金ないし買えへんけど、これ気に入ったから、どうしても欲しい」って言わはったら、「持って帰ってください」って言うかも分からへん(笑)。
「ずっと前から憧れてた」って言われたら、「お代は全然いらんよ。持って帰り。もう構へんわ」って言うてしまいそうな(笑)。
 それぐらいの勢いやし、僕(笑)。
 そんなに喜んでくれはるんやったら、それは本望やね、作ってて。

(写真提供:森健持さん)

一期一会の出会いを大事にしたい

―Q あなたにとって仕事とは?

森さん
 仕事は、食べて行く手段であることは間違いないのやけど、プラスアルファで、何かある感じがするね。
 好きなことも加味されてる、やりたいこともその中に入ってるっていうところがプラスアルファになるかなぁ、僕の場合は。
 だから幸せやね。好きなことやらしてもろうて、それでお金もらってるっていうのは、ありがたい話ではあるね。

―Q 最後に、森さんの作品に出会う方に向けてメッセージをお願いします。

森さん
 僕の着物が出回ってるっていうたら、たぶん着物業界の0.001%以下でしょう。
 だから、そこに出会うっていうのは、なかなかレアなケースで、その出会いをお待ちしていますっていうか(笑)。
 全国展開してはるお店とかは、安いところやったら、一つの柄で3000反とか4000反とか、いっぱい作って売るんですけど、うちらは一つの柄で一点しか作らへんので。時間もかかるし、なかなか数も作れへん
 ほんまに数えるほどでしょう。年間で平均して、帯が30本、着物が15点作れたらええとこやし。世の中に着物がいっぱい出回っている中で、僕の着物は、ほんまに砂場の米粒一つ探すような感覚やね。
 だから、出会えたときは本当にね、一期一会の出会いを大事にしたいな~っていうふうに思ってやってます。
 染め方とか作り方を説明して、「辻が花っていうのは、こういうものなんですよ」っていうようなことを出来るだけ説明しますし、気に入ってもらえたら、やっぱり嬉しいなと思います。

(終わり)

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